「住んでいるときはその価値に気づかず、離れてから猛烈に後悔する。」 そんな経験はありませんか?
私は結婚を機に、地元・名古屋から静岡市へ移住しました。最初は「地下鉄がない」「移動はバスと車」という慣れない環境に戸惑い、正直なところ新生活に後ろ向きだった私。しかし、実際に住んでみて出会ったのは、名古屋の都会暮らしでは決して味わえない「贅沢すぎる日常」でした。
週末の清水港で大行列を作るまぐろのかま揚げ、車を少し走らせれば目の前に広がる駿河湾、そして場所によって表情を変える圧倒的な富士山。
しかし、そんな最高の環境に身を置きながら、当時の私は「いつでも行けるから」と、どこにでもあるショッピングセンターで休日を過ごしてしまっていたのです。埼玉へ再移住した今、私はその「失った日常」の尊さに気づき、静岡へ何度もリベンジ旅行を繰り返しています。
この記事では、名古屋・静岡・埼玉と移住を繰り返した私が、
- 静岡市「中部」でのリアルな暮らしと交通事情
- 地元民も並ぶ清水港の名店「ととすけ」の衝撃的な美味しさ
- 移住先で「観光客」になりきれなかった後悔と、そこから得た教訓 について、本音で綴ります。
今、住んでいる場所に「何もない」と感じている方や、これから移住・転勤を控えている方へ。私の「贅沢な後悔」が、あなたの日常を少しだけ特別に変えるヒントになれば幸いです。
第1章:名古屋育ちの私が、静岡移住で突きつけられた「常識」の壁
私は愛知県名古屋市で生まれ育ちました。名古屋での生活といえば、移動の主役は「地下鉄」です。東山線や名城線など、階段を降りれば数分おきに電車がやってくる。駅までは徒歩圏内が当たり前で、「最寄り駅=地下鉄の駅」という固定観念が私の中に深く根付いていました。
そんな私が、結婚を機に静岡県静岡市へ引っ越すことになったとき、最初に突きつけられたのは「交通文化の違い」という大きな壁でした。
「静岡市には地下鉄がないんだよ」
夫からそう聞いたとき、正直なところ不安しかありませんでした。さらに追い打ちをかけたのが、「最寄り駅の静岡駅まではバスで行くのが一般的」という事実です。名古屋にいた頃の私にとって、バスは「時間が読めないもの」「天候に左右されるもの」「本数が少なくて不便なもの」というネガティブなイメージが強かったのです。
「雨が降ったら遅れるんじゃない?」「もしバスが来なかったら、大事な予定に間に合わないかも……」
引っ越し前の私は、新しい生活に対して全くと言っていいほど乗り気ではありませんでした。住み慣れた名古屋の利便性を手放し、未知の「バス社会」へ飛び込むことが、まるで退化するようにさえ感じていたのです。しかし、この不安は、住み始めてすぐに「いい意味」で裏切られることになります。
第2章:静岡市「中部」で見つけた、新しい暮らしの形と富士山の距離感
実際に静岡市での生活が始まって驚いたのは、バスの利便性の高さでした。私が住んでいたエリアは静岡市の中でも「中部」と呼ばれる地域。天気予報を見るときも、常に「中部」の欄をチェックする毎日が始まりました。
懸念していたバスは、想像を絶する本数で運行されていました。オレンジ色の車体が特徴的な「しずてつジャストライン」のバスが、数分おきに次々とやってくる。静岡駅までのアクセスは驚くほどスムーズで、「地下鉄がなくても、こんなに快適に暮らせるんだ」という新しい発見は、私の凝り固まった価値観を柔らかく解きほぐしてくれました。
そして、静岡生活に欠かせなかったのが「車」の存在です。名古屋では地下鉄移動がメインでしたが、静岡では車があることで世界が劇的に広がりました。
少し車を走らせれば、パッと視界が開けて駿河湾の青い海が見えてくる。天気の良い日に海沿いをドライブしたり、ふらっとビーチに立ち寄って波音を聞いたり。そんな「海が日常にある暮らし」は、都会の地下鉄生活では決して味わえない贅沢でした。
さらに、静岡の象徴である「富士山」との付き合い方も変わりました。 静岡市からも、冬の澄んだ空気の日には美しい富士山が拝めます。しかし、さらに足を伸ばして富士市や富士宮市まで行くと、そこには「壁」のようにそびえ立つ、圧倒的な迫力の富士山がありました。
一方で、同じ静岡県内でも、西部の浜松市の方へ行くと富士山はほとんど見えなくなります。仕事や観光で何度も浜松へ足を運びましたが、あんなに巨大な山なのに、場所一つでこれほどまでに見え方が違うのかと、静岡県の広さを肌で感じた瞬間でした。
第3章:清水港「ととすけ」の衝撃。名古屋の寿司を超えた「海鮮料理」の世界
静岡での生活で、私の価値観を最も大きく揺さぶったのは「食」、特に海鮮の美味しさでした。
名古屋にも美味しいお寿司屋さんはたくさんあります。私もよく通っていました。しかし、静岡の海鮮は「お寿司」という枠を軽々と飛び越えていたのです。海鮮丼、煮魚、焼き魚……。魚の楽しみ方がこれほどまでに多様だとは知りませんでした。
特に忘れられないのが、静岡市清水区にある「清水港」での体験です。 週末になると、清水港周辺の駐車場は県外ナンバーの車で埋め尽くされます。「ここはそんなにすごい観光地だったの?」と驚きながら、夫と一緒に列に並んだのが「ととすけ」というお店でした。
そこで出会ったのが、名物「ととすけ揚げ」です。 まぐろの「かま」を揚げて、甘辛い秘伝のタレを絡めたその料理。一口食べた瞬間、ホロホロと解ける身の柔らかさと、香ばしいタレの風味が口いっぱいに広がりました。
「これ、名古屋では絶対に食べられない味だね」
夫と顔を見合わせて笑い合ったあの時間は、今思い出しても胸が熱くなります。他にも、清水港には新鮮なまぐろ丼や、地元の漁港でしか出回らないような希少な部位を楽しめるお店がひしめき合っていました。
私たちは「住人」だったので、混雑する時間を避けて行くこともできました。しかし、その贅沢な環境が、後にある「後悔」を生むことになるとは、当時の私は気づいていなかったのです。
第4章:失って気づく宝物。「どこにでもある日常」に逃げていた自分への後悔
静岡での1年間。今振り返れば、私は「毎日が観光旅行」のような場所に住んでいました。 しかし、当時の私はどうだったでしょうか。
週末になると、車を出して向かうのは、結局どこにでもある大きなショッピングセンター。 「今日は疲れているから、近場で買い物を済ませよう」 「富士山は明日も見れるし、清水港もいつでも行けるから」
そう言って、特別な景色や食を後回しにして、名古屋にいた頃と変わらない「どこでもできること」に時間を使ってしまっていたのです。
その後、夫の仕事の都合で埼玉県へと移り住むことになりました。 埼玉に来てから、私の心に押し寄せたのは、猛烈な「静岡への後悔」でした。
「あの日、もっと海を見に行けばよかった」 「あの時、もっと違うお店の海鮮丼も食べておけばよかった」 「富士宮まで行って、あの迫力ある富士山をもっと目に焼き付けておけばよかった」
埼玉の自宅でテレビに映る静岡の景色を見るたびに、胸が締め付けられるような思いがしました。失って初めて、自分がどれほど恵まれた環境にいたのかを痛感したのです。その未練はあまりに強く、埼玉に移住してからも、私たちは何度も車を飛ばして静岡へ再訪しました。今では「住人」ではなく「本気の観光客」として、1分1秒を惜しむように静岡の街を巡っています。
第5章:埼玉での再出発。バケットリストに刻む「地域への新しい眼差し」
現在、私は埼玉県で生活しています。 正直なところ、移住当初は「埼玉には海もないし、富士山も遠いし、何もないな……」と、静岡と比較しては落ち込む日々を送っていました。
しかし、ある日のこと。ふらりと立ち寄った本屋さんで、一冊の埼玉ガイド本を手に取りました。そこには、私が知らなかった埼玉の魅力がびっしりと詰まっていたのです。 歴史ある川越の街並み、秩父の雄大な自然、そして意外なほどに深い食文化。
「私はまた、同じ過ちを繰り返そうとしているのではないか?」
静岡で「日常」にかまけて魅力をスルーしてしまったあの後悔。それを埼玉でも繰り返してはいけない。そう強く思いました。「何もない」のではなく、「私がまだ見つけようとしていないだけ」なのだと。
私の人生の目標をまとめたバケットリスト。そこには、47都道府県制覇という夢があります。 そのリストの新しい項目として、私はこう書き加えました。
「今住んでいる場所の魅力を、旅人の視点で見つけ、発信する」
地域おこしのような大きなことはできないかもしれません。でも、このブログを読んでくださっている皆さんに、「埼玉にもこんな素敵な場所があるんだよ」「私の街にはこんなに美味しいものがあるんだ」と伝えられるような記事を、これからは書いていきたいと思っています。
4月には、夫の仕事の区切りを祝う大切な旅行を計画しています。 そこでは、もう後悔はしません。 「いつでも行ける」ではなく「今、この瞬間しか出会えない景色」を全力で楽しみ、味わい尽くす。
静岡が教えてくれた「贅沢な後悔」をバネに、私の新しい旅、そして埼玉での暮らしが、今ここから始まります。
次回の予告
次回は、私が本屋さんで出会ったある埼玉について書かれた本、「埼玉の意外な魅力」についてを記事にする予定です!実際に行ってみて驚いた、埼玉の「実はすごいスポット」を具体的にご紹介します。お楽しみに!
