いつも私のブログを読んでくださり、ありがとうございます。 普段は「挑戦」をテーマに、前向きな旅や暮らしを発信していますが、今日は少しだけ、私の心の中にある「取り繕えない本音」を綴らせてください。
世間はゴールデンウィーク。本来ならお休みの方も多い時期ですが、私は今、理想と現実の狭間で、どうしても前を向けない心境にいます。普段は祝日に更新することはありませんが、今のこの気持ちだけはどうしても今、言葉にしておきたくて、自分への備忘録として残すことにしました。
「好き」を仕事にするということの残酷さ
私は昔から旅が大好きです。だからこそ、旅に関わる今の仕事を選びました。 でも、最近その「好き」が少しずつ牙を剥き始めている気がします。
私の主な仕事は、お客様の電話対応や予約の処理、現地からの連絡の橋渡しなど、誰かの大切な時間を支える裏方の業務です。でも、今の私は「人の旅行の手配」をすることが、正直に言って嫌になっています。誰かの幸せな時間を支えるために、自分の時間が削られていく日々。心身ともに疲れ果てている自分がいました。
電話のベルが鳴るたび、心臓が跳ねる
特に、お客様の電話を受ける仕事がどうしても好きになれません。 デスクで電話の呼び出し音が鳴るたび、心臓が「ドキッ」と跳ね上がります。今日はどんなお問い合わせが来るのか。次に何を言われるのか。受話器を取るその一瞬、身構えてしまう自分がいます。
すぐにお答えできる内容ならいいのですが、時にはお客様が「どんな意味があって、この質問をしているのか」その意図が汲みきれないこともあります。お話を伺いながら必死に意図を探り、時間がかかってしまう。すると、受話器越しにお客様の「イライラ」がダイレクトに伝わってきます。 「なぜ、すぐにわからないのか」「まだか」。 姿は見えなくても、相手の苛立ちや焦燥感は驚くほど鮮明に私の心を削ります。電話は常に相手のペース。自分のリズムを寸断され、心をすり減らす対応に、もう限界を感じています。
広がる二極化、置いていかれる私
仕事を通して、世の中の「旅」の形が、残酷なほど二つに分かれていくのを目の当たりにしています。 何十万、時には百万円を超えるような高額なプランを迷いなく予約する人たち。その一方で、1円でも安く、少しでも条件の良いプランを必死に探し出さなければ旅に出られない人たち。
今の旅行代金の高騰は、その溝をさらに深くしています。かつては誰もが楽しめる娯楽だった旅が、今や選ばれた人だけの贅沢品へと姿を変えようとしている。そして何より私を絶望させるのは、旅を届ける側にいる私自身が、どうあがいても「後者」……いや、それどころか「今の給料ではもう、旅行に行くことすら諦めなければならない層」に飲み込まれようとしている事実です。 お客様の豪華な旅の手配をしながら、ふと自分の給与明細を見る。格差の壁を突きつけられるたび、大好きなはずの旅の世界が、冷たく遠い場所に感じられてしまうのです。
職場の不公平という、もう一つの壁
さらに辛いのは、職場の環境です。 時短勤務の方や、体調不良を理由に電話業務を長期間避ける同僚がいる中で、なぜか私にばかりその役割が回ってくる。「体調が悪いから代わって」という言葉が繰り返される一方で、その人が他の事務作業を平然とこなしている姿を見ると、私の中の何かがプツリと切れる音がします。 上司に相談しても「あなたにしかできないから」と言われるだけ。それは信頼ではなく、単なる「都合のいい存在」への搾取にしか聞こえません。やりたくないことから逃げる人が許され、真面目に引き受ける人間が損をする。そんな不公平な場所で、私はずっと、一人で戦っているような気持ちでした。
「できない自分」を責める、終わりのないループ
今のこの環境を抜け出したい。仕事を辞めたい。自由になりたい。 そのために、私は毎日必死にブログを更新しています。平日は毎日欠かさず、新しい「挑戦」を発信し続けてきました。でも、現実は残酷です。
正直に言います。稼げていません。 まだまだ記事数が足りないのか、私の技量が足りないのか。もっと朝早く起きて執筆時間を増やすべきだし、もっと本気で向き合わなければいけないことは自分が一番よくわかっています。
でも……できないんです。 仕事で電話のベルに怯え、理不尽な対応に神経をすり減らし、泥のように疲れて帰宅する。その後に、またパソコンに向かって「本気」を出す。そんなエネルギーが、今の私には残っていない。
「仕事の疲れを言い訳にしているだけじゃないのか?」 「本気で辞めたいなら、寝る間も惜しんでやるべきじゃないのか?」 そう自問自答するたびに、動けない自分が情けなくて、嫌いになります。
「本気」という言葉の重さに潰されそうで
仕事を辞めるための唯一の希望がブログであるはずなのに、そのブログに本気で向き合いきれていない自分。 やらなきゃいけないことは山積み。でも、体が、心が、どうしても動かない。 「本気でやったからといって成功するわけじゃない」と頭ではわかっていても、せめて本気で立ち向かうことさえできていれば、自分を許せたのかもしれない。
今の私は、嫌いな仕事からも、未来を切り拓くための努力からも、中途半端に逃げているだけなのではないか。そんな自己嫌悪が、仕事のストレス以上に私を追い詰めています。
30代、人生の選択肢という迷路
30代になり、考えなければならないことが増えました。将来のこと、そして子供のこと。 子供は好きですが、今のこのボロボロの状態で新しい命を育む自信なんてどこにもありません。夫との温度差も孤独を深めます。 夫は優しいですが、私の今のストレスや仕事の苦悩を本当の意味で理解してくれているとは言えません。「いつか子供が欲しい」と将来を語る彼と、今の自分を保つだけで精一杯の私。隣に座っているのに、果てしない距離を感じてしまう夜があります。
「嫌なら辞めればいい」と思っても、生活の不安が足を止めます。副業もまだ形になっていない。お金も時間も自由ではない中で、ただ時間が過ぎ、気づいたら40代になっているのではないかという恐怖。もっと色々なところに行って遊びたい。旅をしたい。そんな願いさえ、今の私には贅沢に思えてしまうのです。
【結び】
今日はせっかくのお休みですが、予定が変わり、一人で家でこれを書いています。 答えはまだ出ていません。仕事へのモヤモヤも、将来への不安も、そのままです。
でも、こうして「本音」を言葉にすることで、ようやく自分の心がどこにあるのかを見つけられた気がします。キラキラした挑戦ばかりじゃない、この泥臭い葛藤もまた、私の30代のリアルな姿です。
もし、同じように「今、本当は辛いんだ」と感じている方がいたら。 あなたのその気持ち、私もしっかりとここに持っています。
今日はこのまま、静かに自分自身を休ませてあげようと思います。
