はじめに:旅好きを悩ませる「中国旅行」の現在地
本当は今すぐにでも、上海の活気ある街並みを歩いたり、広州で本場の飲茶を楽しんだりしたい。けれど、今の旅好きを取り巻く環境は決して甘くありません。
以前なら、LCCやセールの航空券を使えば週末にひょいと行けた中国。しかし現在は、燃油サーチャージの高騰や便数の減少により、航空券代はかつての数倍に跳ね上がっています。さらに日中関係のニュースを目にするたび、「今はまだその時ではないのかな」とブレーキがかかってしまうのも本音です。「ここまでお金を出すなら、別の国に行けるのでは?」という葛藤は、私だけでなく多くの旅行好きが抱えている悩みではないでしょうか。
そんな中、私は夫とある決断をしました。「飛行機に乗れないなら、その予算を横浜中華街の最高の一皿に全振りしよう!」と。今回は、そんな「擬似中国旅行」として訪れた横浜中華街、そして『孤独のグルメ』でも話題の名店「南粤美食(なんえつびし)」での濃厚な体験を綴ります。
池袋「ガチ中華」と横浜「老舗中華」の決定的な違い
以前、私は池袋で「ガチ中華」を堪能しました。池袋のそれは、雑居ビルの一角にあり、日本語よりも中国語が飛び交う、今の中国の若者のリアルな日常を切り取ったような熱気があります。刺激的なスパイスとネオン、それが池袋の魅力です。
対して横浜中華街は、やはり「街」そのものがエンターテインメント。豪華な楼門、歴史を感じさせる看板、そして観光地としての華やかさがあります。池袋が「日常の延長にある中国」なら、横浜は「特別な日に訪れる中国」。今回は、夕方から訪れることで、その異国情緒をさらに深く味わうことにしました。
聖地・南粤美食への挑戦:夕暮れ時の行列に並ぶ
夫が「どうしてもここに行きたい」と言い出したのは、『孤独のグルメ』で井之頭五郎さんが訪れた「南粤美食」。食べ放題のお店が軒を連ねる中華街において、ここは単品注文のみの硬派なお店です。
夕方に到着すると、案の定、お店の前には長い行列が。お昼の喧騒が少し落ち着き、街に提灯の明かりが灯り始める時間帯。並んでいる間も、厨房から漂ってくる香ばしい香りと、活気ある声に期待が高まります。「食べ放題ならすぐ入れるけれど、今日はあえてこの一皿を待つ」。その選択が、結果として最高の体験に繋がりました。
店員さんの勢いに身を任せる「注文の醍醐味」
ようやく店内に案内されると、そこはまさに現地の食堂のようなライブ感!店員さんがテキパキと動き回り、一気に「中国」へ引き込まれます。
「お店、来たことある?」
店員さんからの一言。初めてだと伝えると、そこから怒涛の「おすすめラッシュ」が始まりました。五郎さんが食べていた名物の「丸鶏」は残念ながら売り切れとのことでしたが、店員さんの勢いは止まりません。
「じゃあ、これが美味しいよ!」「エビも食べなさい!」「この釜飯は最高だよ!」
その圧倒的な自信と情熱に、私たちは「じゃあ、それでお願いします!」と身を任せることにしました。メニュー表をじっくり眺めて悩むのもいいけれど、その土地(店)を知り尽くした人の声に乗っかるのも、旅の醍醐味です。
感動の実食レポート:五感を揺さぶる「本物の味」
① アヒルの煮込み(半羽 3,000円)
運ばれてきたのは、ツヤツヤと輝くアヒルの煮込み。パリパリ揚げと迷いましたが、今回は煮込みを選択。照り焼きのような、深みのある甘辛い味付け。一口食べれば、箸が止まりません。骨の周りの旨味までしゃぶりつきたくなる、濃厚な味わい。あまりのボリュームに少しお持ち帰りにしましたが、冷めても美味しいその味に、職人の技を感じました。

② ソーセージとホタテの釜飯(1,680円)
実は私、中国のソーセージ特有の甘みが少し苦手なんです。でも、この釜飯は別格でした。ソーセージとホタテから出た出汁が、お米の一粒一粒にこれでもかというほど染み込んでいます。ソーセージそのものを食べるというより、その「旨味」を吸ったお米を味わう料理。おこげの香ばしさも相まって、これまでの「苦手」が覆されるほどの美味しさでした。

③ ぷりぷりを超えたエビチリ(2個 1,980円)
驚いたのは、エビの大きさです。2個で1,980円というお値段に一瞬怯みましたが、運ばれてきたものを見て納得。今まで見たこともないような巨大なエビは、口の中で弾けるような食感。ソースの辛味に負けないエビそのものの甘みがあり、まさに「主役」の一皿でした。

④ エビワンタン(980円)
今回は麺なしのワンタンを注文。ここでも「南粤美食」のエビの実力が遺憾なく発揮されています。薄い皮の中に、エビがぎっしりと詰まっていて、これまた「ぷりぷり」の極致。透き通ったスープは雑味がなく、エビの香りを最大限に引き立ててくれます。シンプルだからこそ、素材の良さがストレートに伝わってきました。

⑤ 小籠包(1,200円)
中華街に来たら欠かせない小籠包も、もちろん注文。期待を裏切らない肉汁の量に感動です。レンゲの上で皮を少し破り、溢れ出す熱々のスープを逃さず味わう。中の肉餡もジューシーで、まさに本場の飲茶クオリティ。単品注文だからこそ、一番美味しい「蒸したて」のタイミングで提供される贅沢を噛み締めました。

お会計12,000円の価値:満足度を考える
二人で飲み物も含めて約12,000円。中華街の相場からすれば、「高い」と感じるかもしれません。食べ放題なら3回は行ける金額です。
しかし、食べ放題にありがちな「注文してもなかなか来ない」「どれも似たような味」というストレスは一切ありません。一つひとつの料理にストーリーがあり、職人が目の前で作ってくれる確かな味。店員さんとのやり取りも含め、私たちはここで「食事」ではなく「体験」を買ったのだと実感しました。この満足度は、金額以上のものです。
夜の中華街散歩:静まりゆく街に残る熱気
食後、夜の中華街を二人で歩きました。 お昼のあの、歩くのもままならない大混雑は嘘のよう。閉まっているお店も出始めていますが、街全体にはまだしっかりとした活気が残っています。「夜のわりに人が多いね」と夫と話しながら、ライトアップされた関帝廟や楼門を眺める時間は、最高にロマンチックで異国情緒たっぷり。

お腹はいっぱい、心も満たされている。そんな状態で歩く夜の散歩は、まるで本当に海外の街でディナーを終えた後のような、心地よい錯覚をさせてくれました。
旅の余韻はお土産の「海老シュウマイ」で
店員さんにおすすめされて購入したお土産のシュウマイ8個(1,600円)。翌日、自宅で蒸し直して食べたのですが、これがまた衝撃的な美味しさでした。

写真は4個だけですが実際は8個ありました。
中にはお店で食べたあの「ぷりぷり」のエビが贅沢に入っており、「今まで食べたシュウマイの中で一番美味しいんじゃないか」と夫と顔を見合わせたほど。旅が終わっても、自宅でその余韻を楽しめる。これこそが、名店でお土産を買う楽しみですね。
まとめ:遠くへ行けない今、私たちができる「旅」
航空券が高い、休みが取れない、社会情勢が気になる。旅を諦める理由はいくらでも見つかります。でも、パスポートを持たずに、夕方からの数時間でこれほどまでの「中国」を感じられる場所が、すぐ近くにありました。
47都道府県制覇という私の「バケットリスト」の旅も大切ですが、時にはこうして、一つの街、一つのお店を深く掘り下げる「弾丸トリップ」もいいものです。
「次は、今回売り切れだった丸鶏をリベンジしよう」。 そう夫と約束して、私たちの横浜中華街・夜の旅は幕を閉じました。
もし、あなたも「旅に行きたいけれど行けない」とウズウズしているなら。ぜひ、夕方の中華街で、勢いのいい店員さんに身を任せてみてはいかがでしょうか?そこには、期待を超える「本物」が待っているはずです。
