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【脱・時間に追われる生活】休日もApple Watchを手放せない私が、7月末の2連休で「時計を見ない一日」に挑む理由(前編)

休日なのに、朝から時計と「にらめっこ」していた私

前回の記事で、あえて電車に乗って少し遠くの駅まで行き、いつもと違うお店で朝活カフェ作業をするという、充実した週末のお話をしました。

お気に入りの席を確保して、大満足の時間を過ごせたのは事実なのですが……実はそのプロローグには、少し苦い裏話がありました。その日の朝、私はベッドの中からテレビのワールドカップ(W杯)に釘付けになり、当初の計画からなんと1時間半も出遅れてスタートしていたのです。

「今しか見られない試合だし、仕方ない!」と言い訳をしつつも、家を出てからカフェに到着するまでの間、私の頭の中は焦りとタイムスケジュールでいっぱいでした。

「早くカフェに行かないと席がなくなる」 「でもW杯の開始時間も気にしなきゃいけない」 「お昼までには作業を終えて、その後の買い出しのスケジュールは……」

ふと手首の時計に目をやった瞬間、私は強烈な違和感を覚えました。 「あれ?私、せっかくの休みの日なのに、どうして朝からこんなに時間に追われて、分刻みのタスクをこなすように行動しているんだろう?」

平日の仕事モードならまだしも、自分を労るための休日でさえ、私は無意識に時計と「にらめっこ」をしながら生きていたのです。この気づきが、7月末にやってくる2連休で、ある「大きな実験」をしようと決意するきっかけになりました。

平日の私たちは、どれほど「時間」という見えない鎖に支配されているか

なぜ、休日までもがこれほどまでに時間主導になってしまうのか。その原因を探っていくと、やはり私たちが日々戦っている「平日(仕事)」の過ごし方にありました。

平日の私たちの脳内は、想像以上に秒単位の戦闘モードで動いています。

朝は決められた時間にパッと起き、遅刻しないように逆算して家を出る(あるいはデスクにつく)。そして就業時間が始まった瞬間から、「今この時間だから、午前中までにここまでは終わらせないと」と、常に終わらないタスクと時計を交互に見つめながら仕事を進めます。

気づけばお昼になって、あっという間にランチ休憩が終了。午後からも、容赦なく時間に追われながら仕事が再開します。就業時間内にすべての業務がピシッと終わるように、頭の中で常にタイムスケジュールを組み立てながら、猛スピードで手を動かす日々。

そして、定時が残りわずかになったとき、私は心の中で静かに、ある「カウントダウン」を始めてしまいます。

「あと1時間、あと30分……あと少し、あと少しで今日の仕事が終わる……!」

これはまだ、比較的仕事が落ち着いていて、時間に少しのユーティリティ(猶予)があるときの心理です。時計の針が進むのをじっと見つめながら、1分1秒が過ぎ去るのを心の中で数える。この時間が、どれほど脳を「時間への執着」へ縛り付けていることか。

逆に、怒涛の忙しさに追われている日などは、カウントダウンをする余裕すらありません。自分の感覚としてはまだ午後2時くらいだと思っていたのに、ふと時計を見た瞬間に、「えっ、もう定時直前!?嘘でしょ!?」と、頭が真っ白になるような衝撃と焦りに襲われることもしばしばです。時間が過ぎるのが早すぎてパニックになり、今度は「時間が足りない!」という恐怖に追われることになります。

暇であっても、忙しくても、どちらにせよ私たちの脳は「時間に追われながら仕事をする」という大前提から一歩も抜け出せていません。平日にこれだけ時間と戦う訓練を強制的にされているのだから、休日になったからといって、そのスイッチが急にオフになるわけがないのです。

常に手首に身につけているApple Watchも、その症状を加速させている相棒かもしれません。通知が見られて便利な反面、何かあるたびに「今何時だろう?」とチラチラ手首を見てしまう。それはもはや、時間を管理しているのではなく、時計に自分の行動を監視されているような、染み付いた「無意識の癖」になっていたのです。

効率化の罠。夢の国や「旅行」でさえ分刻みのタスクに変わる現実

この「時間を気にしすぎてしまう病」は、仕事中だけではなく、私たちが「全力で楽しみたいはずのエンターテインメントや旅」のシーンでも、牙を剥いて襲いかかってきます。

以前、ディズニーシーへ行ったときのことです。 今のディズニーは、スマホのアプリをいかに使いこなすかで一日の流れが決まりますよね。

朝イチで入園した瞬間から、スマホ画面を片手に猛烈な情報戦が始まります。「まずは新しくできたアナ雪エリアのDPA(ディズニー・プレミアアクセス)を買って……」「次は無料で取れるプライオリティパスの指定時間をチェックして……」「ショーの抽選もしなきゃ、レストランの事前予約も……」と、頭の中は完全にフル回転。

運良く予約やパスが上手く取れてしまうと、そこからは「効率」という名の時間との戦いが幕を開けます。 「◯時◯分までにあのエリアの乗り物に行かなきゃ!」「あっちの予約時間が終わったら、次はこっちに大移動!」

アトラクションの列に並びながらも、手元では「次のパスが取れる時間は何時何分だっけ?」とスマホの時計を睨みつける。これでは、楽しむための夢の国ではなく、まるで「スマホ画面に指示されたタスクを時間内にクリアしていくゲーム」をやっているかのような気分です。

確かにシステムのおかげで並ぶ時間は劇的に節約できているはずなのに、心の中のゆとりは1ミリもありません。本来なら、ディズニーシーの美しい海外のような街並みを眺めたり、ただそこに流れる特別な雰囲気に浸ってゆったり過ごしたいはずなのに、気づけば手首の時計とアプリの画面ばかりを見つめている。せっかく高い入園料を払ったんだから「元を取らなきゃ!」というもったいない精神が裏目に出て、自分を分刻みのスケジュールで追い回していたのです。

ディズニーに行く時って、みんな一体どうしているんだろう?と、不思議に思わずにはいられません。せっかく行ったなら全部を詰め込んで効率よく回るのが正解なのか、それともゆったり過ごすのがいいのか、本当に難しい問題です。

そして、この「効率化の罠」は、そのまま「旅行」にも完全に当てはまります。

旅先だからと、あれこれ有名スポットの入場予約や、人気のレストランの時間をぎっしり詰め込んでしまう。旅のスタイルは人それぞれなので、ゲームのクエストをクリアするように、予定を完璧にこなしていく旅が大好き!という方もたくさんいると思いますし、それはそれで一つの素敵な旅の形です。

でも、私は「旅先でのその瞬間の空気感や景色」を、何にも追われずにじっくり楽しみたいなと思うタイプ。だからこそ、旅行の日数にもよりますが、時間に追われずにその日の気分で動けるノープランな日が、旅の間にせめて1日だけでも欲しいな、と思ってしまうのです。

日常の仕事、夢の国での大忙し、それから旅行での過ごし方……。 すべてに共通しているのは、「予約やスケジュールを詰め込むから、時間に追われることになる」という、あまりにもシンプルな事実でした。

現代人が失った「予定のない時間」への恐怖と、それを超える贅沢

私たちはいつから、スケジュール帳やカレンダーが空白で埋まっていることに不安を覚えるようになったのでしょうか。

「何もしない時間=無駄な時間」 「効率的に動けないこと=損をしている」

現代社会を生きる私たちは、無意識のうちにそんな強迫観念を植え付けられているような気がします。前述したディズニーでの「元を取らなきゃ精神」も、まさにこの心理から生まれるものです。お金を払った分、時間を限界まで有効活用しなければ損をする。だからこそ、私たちは自ら進んで予定を詰め込み、自ら進んで時間に追われる環境を作り出してしまうのです。

しかし、本当の贅沢とは、「効率よくたくさんのタスクをこなすこと」ではなく、「時間を贅沢に無駄遣いできること」ではないでしょうか。

時間に追われているとき、私たちの視野は驚くほど狭くなっています。次の予定に向かって急いで歩いているときは、道端に咲いている綺麗な花にも気づかないし、空の美しい青さを見上げる余裕もありません。旅先であれば、その土地特有の風の匂いや、地元の人たちの穏やかな会話のトーンなど、予定の「隙間」にこそ転がっている本当に貴重な宝物を見落としてしまうのです。

だからこそ、私はあえて「効率」という現代の正義に反旗を翻してみようと思いました。 時間を気にしないで行動する日を作る。それは、私の人生に本当の意味での「心の自由」を取り戻すための、小さくて大きな挑戦なのです。

7月末の「平日の2連休」でやりたい大実験。スケジュールを真っ白にする贅沢

「それなら、最初からスケジュールを真っ白にすればいいじゃない」

そう気づいた私は、7月末に控えている「平日の2連休」を使って、人生初の大実験を試みることにしました。 ルールは至ってシンプル。「2連休のうち1日、完全に時計を見ないで過ごしてみる」というチャレンジです。

幸いにも、今回の連休は「平日」の休み。世間がバタバタと忙しく動いている平日に、あえて時間の流れから一歩身を引き、自分のためだけに1日を使えるという、これ以上ない絶好のチャンスです。

この「時計オフ」の1日を成功させるために、私はいくつかのマイルール(作戦)を仕込むことにしました。

  • Apple Watchは完全に外して、充電器に置いたままにする
  • スマホのロック画面の時計が目に入らないよう、通知をオフにするか視界に入れない工夫をする
  • 「◯時だからご飯を食べる」「◯時だから起きる」をやめる

時計を見るのをやめて、代わりに自分の「体感覚」だけで動いてみる。 お腹が空いたと感じたらご飯を食べ、眠くなったら少し横になり、窓の外が暗くなってきたら夜の訪れを感じる。時間を管理する主導権を時計から奪い取り、自分の心と体に返してあげる。そんな過ごし方を試してみたいのです。

もしこの実験がうまくいって、時間を気にしないで行動する本当の心地よさを手に入れられたら、次はそのマインドを持って、あの「夢の国」での時計オフディズニーや、時間に追われないゆったりとした旅行にも挑戦してみたい。そんな未来のワクワクが、今から膨らんでいます。

例えば、次のディズニーでは、どうしても体験したいアトラクションを1つだけ決めて予約したら、あとは時計を一切見ない。その時の気分でパーク内を歩いて、偶然見つけたベンチでぼーっとポップコーンを食べたり、お腹が空いた時に目の前にあるレストランに入ってみる。そんな贅沢な過ごし方だって、絶対にアリなはずです。

旅行の時も同じです。3泊4日の旅なら、最初の2日は行きたい場所を巡るけれど、3日目は完全に時計を置いて、ホテルのバルコニーで読書をしたり、あてもなく裏路地を散歩するだけにする。そんなメリハリのある旅こそが、これからの私の理想のスタイルになっていく予感がしています。

まとめ:心に「余白」を取り戻すための決意表明

効率的に生きる平日や、計画を立てて進める仕事はもちろん大切です。それがあるからこそ、私たちは社会の中でしっかりと頑張ることができます。

でも、1日くらい、自分の人生から「時間」という概念を手放してあげる日を作ってもいいのではないでしょうか。常に戦闘モードで走り続けている脳に、完全な「余白」をプレゼントしてあげるのです。

果たして、平日は秒単位のカウントダウンをし、常に手首のApple Watchを気にしている私が、たった1日だけでも時計を一度も見ずに過ごすことができるのか……!?自分でも、かなりの難題に挑むようなハラハラ感があります。

もしかしたら、お昼頃に「今何時なんだろう!?」と猛烈な不安に襲われて、ついスマホを見てしまうかもしれません。あるいは、時間がわからない解放感から、泥のように夕方まで眠り続けてしまうかもしれません。どんな結果になるにせよ、その失敗やハプニングも含めて、すべてが私の大切な体験談になるはずです。

7月末の平日の2連休。 実際に私が時計を手放して過ごした1日の様子や、その結果、心と体にどんな変化が起きたのかは、連休明けの【実践レポート(後編)】でたっぷりとお届けしたいと思います。

みなさんは、最近いつ「時間を忘れるほどの贅沢」を味わいましたか? それでは、後編のレポートをどうぞお楽しみに!